上方落語の四天王(最終回 その4) 桂米朝


シリーズ「上方落語の四天王」。


(その1)は、笑福亭松鶴
→ 上方落語の四天王(その1) 笑福亭松鶴 - 「ちりとてちん」徹底解剖ブログ


(その2)は、桂文枝
→ 上方落語の四天王(その2) 桂文枝 - 「ちりとてちん」徹底解剖ブログ


(その3)は、桂春團治
→ 上方落語の四天王(その3) 桂春團治 - 「ちりとてちん」徹底解剖ブログ


最終回は、桂米朝さん です。
大正14年(1925年)生まれ。
実家は、兵庫県姫路市の神社。
人間国宝


3つについて、言及させていただきます。



(その1) 満州と 大東文化大学


大正14年(0歳) 満州で生まれ育つ
昭和5年(6歳) 帰国して、兵庫県姫路市
昭和18年(19歳) 上京して大東文化大学に入学


満州時代については、
自伝で「標準語が 幅をきかせ」と、記されています。


大東文化大学とゆえば、
あのラグビーの強い大学。
20歳の多感な時期を 短い期間とはいえ、
下宿先の東京で 過ごしています。
また、
生涯で2人いる師匠のひとり
演芸研究家の正岡容(まさおか・いるる)さんの
薫陶を受けたのも、この時期です。


これが、ですね。
いち観客として、
米朝さんの落語が、聴きやすかったということとは
無縁ではなかったと 察せられるのですが。
要するに、コテコテじゃない。


とにかく 
最初に 聴いたのが、
米朝さん や
地球滅亡の日(その6)にて紹介した
→ 地球滅亡の日(その6) 桂小南の「三十石」 - 「ちりとてちん」徹底解剖ブログ
桂小南さんじゃなかったら、
これほど、
上方落語
聴くようになっていたかどうか、
わかりません。



(その2) 桂三木助の襲名ばなし


自伝『私の履歴書』にて、
今は関係者も亡くなったことなのでと断って、
明かしておりますのが。
桂三木助(かつら・みきすけ)の襲名ばなし、です(160頁)。


かいつまみますと。
三代目の桂三木助(明治35年 〜 昭和36年)は、
「芝浜」「ざこ八」などを得意とした
江戸の 人気落語家。
[rakuten:simareco:10004814:detail]


ですが、「三木助」という名跡(みょうせき)は、
もともと上方の名前で、
三代目が、一代だけ継いでいたもの。


その「三木助」を継がないかと、
話を持ちかけてきたのが、
ぬあんと、
先代の 桂文楽さん。
[rakuten:guruguru2:10162097:detail]
昭和の名人にして、
江戸落語の超ウルトラ大立者です。


ええ加減な筋からの 提案ではなく、
かの文楽・師匠からのお話ですから、
米朝さんも「ありがたい」と
いったんは、受諾したのですが。
以下は、「私の履歴書」から

…………………………

ところが、この話には文楽さんにも私にも知らされていない裏があったようなのだ。それは、襲名を条件に私を ある興行会社の専属にしようという計画だった。(中略)
私を三木助の名前で誘い込もうというのである。それを知った途端に私の思いはさめた。最初から条件として提示されていたのならともかく、最後の最後になって、そういうことを持ち出されたことが納得いかず、この話はそのまま立ち消えになった。

…………………………

なのですって。
ここで、痛烈に 感じますのは。


この文章、かなり抑制していますが、
米朝さん、かなり怒っています。
行間から、怒りが にじみでているのです。


昭和43年に 興行会社との所属契約を解消してから、
一貫して、
米朝さん一門は、フリーならびに、
桂米朝 事務所」所属として 活動してます。


けっして、悪いことではなく、
天狗芸能みたいな
大手の興行会社は、
やっぱ 売上げが 大事です。


出演依頼があったら、
断るわけにはいきませんし (次が、ありますから)、
若手有望株を 売り出すために、
大物とセット販売するのも、仕方ないことです。


しかし、
それを嫌ったらしい
桂米朝という
まさに上方落語の至宝は、
おのれをトップとする 集団を設立し、
結果として、
あまたの落語を復活させ、
独演会や レコード、CDで、
上方落語の復興と普及に専念することができました。


また、たいてい
実演者がトップをつとめる集団というのは、
女子マラソン 高橋尚子さんの
チームQ」みたいに、うまく行かんもんです、本来は。
しかし、
それが、今にいたるまで、うまく回っている(ように見えます)。


そこに、マメ太郎なぞは、
三木助襲名ばなしで味わった 屈辱と、
大手興行会社には負けへんとゆう プライドに
裏打ちされていたのかなぁ、
などと思いますです。



(その3)復活と新展開


米朝さんの著作「米朝ばなし・上方落語地図」が、
講談社文庫に収録される折、
作家の司馬遼太郎さんが、
推薦文を寄せています。


やはり、優れた作家だけあって、
ポンっと提示した短い文章に、
米朝さんの業績を 言い尽くしています。

…………………………

この人のように 
復活と新展開という劇的な活動を
ひとりでやってのけたひとは 
古来幾人いるだろうか

…………………………

うーん。
ながれいし。
もとい、
さすが。


○「復活」と「新展開」


サッカーでは、
オランダ代表のヨハン・クライフでしょうか。
球けりという
本来のエンターテインメント性を復活させて、
トータルフットボールという
ポジションにとらわれない
現代サッカーの新展開を
打ち立てました。


かくほど さよう。
桂米朝さんは、
司馬遼太郎さんが、
「古来 幾人いるだろうか」と
評したほどに、
上方落語を復活させ、
新展開をもたらした
最大の功労者なのです。


10歳になるかならぬかの
顔面つぶれ大福が、
はじめて聴いたのは、
「替り目」。
[rakuten:rakugo:685224:detail]


その次に 聴いた
天狗裁き」にて、
[rakuten:rakugo:685165:detail]
語りのマジックに 酔いばした。


こうして、
マメ太郎の 上方落語遍歴が、
スタートいたします。


まだ、東京が、
江戸 と呼ばれていたころでございます。

↑ ウソですぅ

「ちりとてちん」に寄せて(最終回)

賛否両論 あろうかと存じますが。
ドラマ「ちりとてちん」について、
大雑把に、思いつくままを 記します。


● 優柔不断な人々の 前言撤回ドラマ


決して、マイナスの意味ではござらぬ。
時代を あらわしているとゆうか。
あ〜でもない、こ〜でもないと悩みつつ
「自分」を 見つけられて
良かったね。


● マトモに思えた人ランキング


1位  鞍馬会長
2位  お咲さん
3位  菊江さん
4位  順ちゃん
5位  四草くん



● 落語ファンの不満は、こんなん?


別に、ヒロインは、
落語家じゃなくても、
パティシエ(菓子職人)でも、
ブリーダー(犬の美容師)でも、
ソムリエ(ワイン鑑定士)でも
良かったんじゃないかなぁ。


知ってる カタカナ職業
書いただけですけど。


● 「ちりとて」ファンの反論は、こんな?


落語は、あくまでも舞台設定であって、
メインテーマは、
親子なり
師弟なり
幼なじみの
「情愛」なんだから、
落語の場面が少ないとゆう
批判は あたらない


● 2007年12月までは、名作の予感が漂った
● 2008年になってから、途端にパワーがおちた


和久井映見 良かったっすね


● やっぱ、渡瀬恒彦の草若役には、難あり
● やっぱ、草若師匠の一門会ボイコットの理由が、「妻の余命を知らされて」は、弱い


名ウィークといえば、


● 白眉(ベストワン)は、草若師匠の復活
● 草々の破門撤回(4人弟子の殴り合い)
● 四草の九官鳥が、落語を喋りだす(「背をはやみ〜」)
● ヤング「正典&糸子」の桜吹雪


これだけ あっただけでも、
上々 だったのでは
ないでしょうか。


● 時代が、なかった
米米クラブと 五木ひろし 以外に 時代っていうもんが、まったくなかった。
もっとも、「落語国の住人」という線を狙ったのでしょうが


● 鞍馬会長、結局 いい人じゃん
大阪の興行元といえば、松竹芸能吉本興業がモデル視されるから、
極端に サラリとしちゃったところが、かえって不自然でした


とゆ〜わけで、


♪ ちょうど 時間と なりました
  それでは
  みなさま、
  ご・き・げ・ん・よ〜

上方落語の四天王(番外編) 桂枝雀


最終回の(その4)の前に、番外編を記します。


昔っから、
桂枝雀さんの
熱烈なファンだったかといえば、
そうではございません。


じつは、落語のかんしては、
伝説の「歌舞伎座 独演会」はじめ、
東京での高座をみるチャンスは あったのですが、
ついぞ、一度も見ておりません。


落語芝居というシリーズで、
東京・吉祥寺の「前進座劇場」での
芝居『変身』などを
観劇したことがあるだけです。


枝雀さん についていえば、
自殺
ということが,
その芸を、評する上で 逃れられません。


「他人を笑わそう」として、
「こんなもんじゃない」と悩み、
悩みぬいた 挙句に
ついには、自ら命を絶ってしまった。
奥さんも 2人ん息子さんも いてて。
でも、そうさるを えなかったのです。


その姿を、
はじめて 意識したのは、
NHK「お好み演芸会」の 大喜利
三国一朗さん司会による
「花の落語家 六人衆」とゆう
クイズ形式の バラエティコーナーでした。


これは、
立川談志さんと 三遊亭円楽さんが
何でも知ってる ご隠居さん役で。


枝雀さんは、いわば2枠。
「クイズ・ダービー」でゆえば、
沢たまき みたいな。
つまり、色物あつかいだったのですが、
強く 記憶に残っている
発言が あります。


「プールで泳いでいる時、
雨が降ってくると
 どうせ濡れてるから
ええやんと思いますけど、
 ポツリポツリと きたぞぉ、って
 プールから出てきまんねんな。
それが、本能ってもんですかな」。


こん時、マメ太郎は、
何歳だったでしょうか。
小学校で、体育のプールの時間があって、
「今日は雨だから、プールは中止」
ゆわれて、
「なんでぇ?」と、不思議だったんですよ。
今からすれば、
プールを出ている間、
体温が下がるとか、
理由があったのでしょうが、
この枝雀さんの発言に、
「そうじゃん」と
激しく 同意を憶えたのです。


この発言自体が、すごいとは申しません。
しっかし、萌芽と申しましょうか。


枝雀落語には、
「なぜ?」という原点に立ち返る 姿勢が、
あったのかなぁ、と。


「これはこーゆえば、面白いと決まっているんだ」
という 昔からの 教えを排して、


「それって、ホントに 面白いの?」
「こうすれば、もっと面白くなるんじゃない」


という工夫を凝らしつづけ、
また、凝らし続けるだけの才能があったからこそ、
いつしか、疲れはて、
みずから、命を絶ってしまったのです。


一言一句とも、
何かを 説明するツール(手段)ではなく、
「そのもの」(目的)に なっていった。


「とゆう 今日このごろで ございます」
「ス、スビバセンね(= すみませんね)」
「源や〜んは、色事師」
「よいばした(= 酔いました)」


いずれも、高座にて大爆笑をとる
おなじみのフレーズですが、
どれも、
マメ太郎がやっても面白くもなんともない。
また、かなりなプロ落語家がやっても。


ひと言、ワンフレーズとも、
清音を、濁音にしたり(「ま」→「ば」)
テンポ、抑揚、間、巻き舌、声の裏返りまで、
細部にまで、ありとあらゆる工夫をこらしてます。


また、「その ワンフレーズ」自体が、
笑いを誘うほどに
洗練させていたのだなぁ、と、
感心も 得心も するのでございます。


芸人に たいしては、
名人、鬼才、いぶし銀、実力派……、
さまざまな 称号をしょうされますが。


こと「天才」とゆう称号においては、
桂枝雀
もっともふさわしいと
信じてやまない
今日このごろで ございましゅ。

「ちりとてちん」に寄せて(はじめに)


で、めでたく151回終了。
かつて、
2008年2月10日のブログにて、
→ 朝の連続テレビ小説 私的ベスト5 - 「ちりとてちん」徹底解剖ブログ
朝の連続テレビ小説における
私的ベスト5を、ご紹介いたしておりました。


1位  マー姉ちゃん
2位  おしん
3位  ふたりっ子
4位  あぐり
5位  鳩子の海


では、「ちりとてちん」が、
何位にランクインするかと申しますと。
5位かな。
それとも4位か。


ま、1位2位は、幼いころの印象が強烈ですので、
ドラマの内容そのものとゆうより、
個人史です。
マー姉ちゃん」のころの 田中裕子が良かったとか
おしん」見て、朝っぱらから イヤ〜な気持ちになったとか。


全151回を終えて、感ずるのは、
ふたりっ子』より上には、ゆかないな
とゆうところで ござりまする。


ふたりっ子」の脚本家
大石静さんが、
たしか、エッセイで書いていたのですが。
(↑ 出典がわからず、すみません。
   週刊誌のエッセイだったような)


もともと、
「プロ将棋指しになる女の子」というテーマを
NHK大阪から提示されたものの、
「それだけでは、もたない」
それで、双子の妹という設定にして、
お姉さんは、京大卒の美人社長って、
ことにした、と。


なるほど、と思いますです。
イカに 塩かけると よけいにうまいみたいに、
ダメな妹と お利口さんの姉の対比が、
ハッキリして、
1本ものとして、ピーンと立ってました。


一方、「ちりとて」は、
フツーの人も
野望ギラギラも、
あまりに いてなかった。
みんな、
いっけん 変人にみえて
純朴純粋なのです。


それでは、みなさま
お待たせ いたしました。
冥土から、お越しいただきました
和田正太郎さん です。


「なぁ、喜代美ぃ。
 夕陽が、きれいやろぉ。
 ほら、画用紙に 書いてみぃ
 あのな、喜代美
 夕陽はなぁ、
 赤や オレンジばっかり
 塗ってても、
 美しさは
 よう 出んぞぉ。
 空の青や、
 森の緑や
 雲のくすんだ色が
 あってこそ
 際立つんやぁ。
 世の中、
 メリと
 ハリやでぇぇ」



あぐり』と、比べるとですね。
じつは、マメ太郎、
吉行淳之介さんが、大好きなのれす。
『麻雀好日』なぞとゆう
マージャン・エッセイで書かれてましたゆえに、
それ読んだ高校時代から、今にいたるまで、
八筒(パーソー)で、ロンする時には、
ジョーズ!」ゆうてます。


あっ、
解説が 必要ですね。
八筒(パーソー)の絵柄は、ガスボンベに似てまず。
で、映画「ジョーズ」でも、
人喰いザメを、ガスボンベくわえさせ
ボンとやったから、
それで、「ジョーズ」なのです。


おっと。
それでですね。
野村萬斎
ドラマでは、吉行淳之介さんのお父さん役で、
ダダイスト(← 調べてね)詩人だった
吉行エイスケ
その死のシーンが、ですね、
強烈だったのですよ。


それが、
どうしても、
草若師匠の臨終と 比べてまうと、
ふむ、
なのです。


(3月31日に 続く)

地球滅亡の日(最終回) 桂枝雀の「代書」

ちりとてちん」徹底解剖ブログの
棹尾(とうび = 最後)を飾る 超大型企画!


地球滅亡の日、
遠藤マメ太郎は、どの落語を聴きながら、
沈香もたかず 屁もへらぬ
その生涯を 終えようとするか!
→ 地球滅亡の日、「寿限無」を聴くか? - 「ちりとてちん」徹底解剖ブログ


ベストワンに輝きましたのは、
桂枝雀さんの「代書」(だいしょ)。
[rakuten:rakugo:787555:detail]
枝雀ファンに、「人気演目アンケート」とったら、
たびん、
この「代書」が、
1位に輝くのではないかと
思う 今日このごろで、ございます。


「代書」とは、現在でいう
行政書士、あるいは司法書士のこと。
正式な文書をつくる際に、
書かれた内容には、相違ありませんと
保証する商売のことです。


この「代書」、
いまでは、上方江戸を問わず
多くの落語家がかけておりますが、
もともとは、新作落語です。


これより先は、
桂米朝私の履歴書」(日本経済新聞社)を
参考にさせていただきます。


新作落語「代書」を、
作ったのは、桂米団治(よねだんじ)さん。
その弟子が、桂米朝さんで、
そのまた弟子が、桂枝雀さん、です。


ゆわば、おじいちゃん師匠のつくった噺を、
お孫さんが、みごとに開花させたといえましょう。


太平洋戦争の前のころから
大阪では、寄席は漫才中心の編成になり
米団治さんは、いったん落語稼業から退きました。
そして、
実際に 代書屋で生計をたててはったのです。
「代書」は、
その実体験が、モトとなっている爆笑ばなしです。


もうとにかく 頭からっぽにして、
聴いていただければ良い 1席なのですが。


桂枝雀さんは、
史上最強のキャラクターを 産み出しました。


● 松本 トメ五郎さん


通称:トメ
学歴:小学校中退
職歴:ヘリどめ屋 など


町工場に就職するため、
履歴書を作成してもらおうと
街の代書屋さんを 訪ねます。


とにかく、聴いていただくしかないのですが、
地球最後の日にこそ、
トメ五郎さんの 史上最強ぶりに
いま一度、大笑いしてから、
ハレー彗星の 到着を待ちたいと
ささやかならが、願っております。


ここで、ひとつの謎を、提示。
この「代書」。
桂米朝さんは、みずから(塩辛?)、著作にて、


「私もこれでは
 随分、稼がせてもらった。
 現春団治が持ちネタにしているほか、
 何人かによって、
 しばしば高座にかかる傑作だ」


こう記しています。
なのに、
なぜ、
歯を 食いしばり〜


↑ いきなり脱線ですが。
この「♪ 若者たち」。
かつて「歯を、食いしばり」の意味が、
まったくわかりませんで。


「はおく いしばり」と区切ったため、
「はおく」とは、何だろう?
「いしばり」って、どんなバリ?
そもそも 「バリ」って?
と、悩んでいたこともございました。
まぁ、「巨人の星」の
「重いコンダラ」と同じです、はい。


閑話休題
で、師匠の思い出ぶかい「代書」なのですが、
現在、あまたリリースされている
米朝さんのCD、DVD、ビデオには、
収録されていないのです。


参考までに、これが東芝EMIによる
米朝さんの収録演目のリスト
→ EMI Records Japan
「た」行に、
「代書」が、ないのです。


な〜んでか? な〜んでか?
(by 堺すすむの名作「なんでか フラメンコ」 誰? オレ。)

おかみさ〜ん


2008年3月29日(土)。
第151回「ちりとてちん」(最終回)。


ラストシーンが強烈な作品は、と申しますと、
そりゃ、映画『アメリカン・グラフティ』でしょう。


カチャカチャカチャ
ベトナム戦争にて、戦死……


うーん、
若き ジョージ・ルーカスの才能
ほとばしる ラストシーンですね。
こうゆう映像センスは、
そう滅多に でるもんじゃないですね。
才能です、才能。


さて。
最終回は、
アメリカン・グラフティ」の
朝ドラ・バージョンといった趣で、
登場人物 それぞれの
来し方行く末が、
語られました。


若狭(貫地谷しほり)が、
無事、子どもを出産して、幕。
落語を やめて、
子どもと、早々の弟子たちの
「お母さん」 になるのだそうです。
ども。


ま、後だしジャンケンみたいになりますが、
マメ太郎は、
弟子入りしたころから、
最後は、「おかみさん」業に
落ち着くのかな、と
予想してました。
理由は、ただひとつ。


● 上沼恵美子さんのナレーション


ナニワの主婦代表は、
それなりの役づくりができる
それなりのナニワの主婦代表だと思います。


で、
ナレーションは、
何十年後かに、
自分の半生を振り返っているという
設定でありますが。


これが、女流落語家の喋り じゃなかった。
「おかみさん」テイストなのですね。


落語家は、腹の底から 一本芯をいれて 語り出す。
なのに、
ナレーションでは、ノドで 喋りかけている。
それから、
過去や周囲をみわたす視線が、
「おかみさん」目線だったのです。


で、マメ太郎は、妄想をはたらかせました。
草若師匠は、男やもめ、じゃないか。
じゃ、草若の後妻になって、
とっちらかった徒然亭を 後方支援する
と、予想していただ。


だけんど、
スポーツ新聞はじめ、
B子(当時)と草々の挙式が、収録された
という報道がありましただ。
それで、
内容をバラすなよ、と
2008年12月18日のブログで、
→ 菓子浩さんも、ビックリ? - 「ちりとてちん」徹底解剖ブログ
アングリーしただ。


ま、ナレーション云々は、
たんなる直感に 過ぎませんで。
だいいち、
放送開始のころは、
ヒロインの 行く末も
まだ、決まってなかったでしょうし。


おかみさんかぁ。
おかみさん とゆえば、
こりゃ、も〜
花田憲子さん。
『凛として』。


若狭さん じゃなくて、
青木喜代美さんも、
がんばってくださいね。


じゃ、今日は絶好の 花見日和ですので、
これから、でかけることにいたします。
東京は 市ヶ谷のお堀ばたでも 散策しようか。
じゃ、
昼12時ちょうどに、
「ジョナサン」の前で
桂枝雀愛宕山」のCDをもって、
立ってるのが、
不肖・遠藤マメ太郎 です。


↑ ウソですぅ

末路あわれ どころか


3月28日(金)、第150回「ちりとてちん」。
スト2にて、またもや
意外とゆうより、やっぱりね、の新展開。


2006年10月11日。
体調のおちついた 身重の若狭(貫地谷しほり)は、
ひぐらし亭」に 初登場。
思い出の落語「愛宕山」を かけます。


万雷の拍手が ひびきわたり、
深々とお辞儀をしたのち、
ふたたび 頭(こうべ)をあげて、


「私の 最後の高座に おつきあいいただきまして
 まことに ありがとうございました」


突然の 引退表明。
ところで、
世の中を 驚かせた 突然の引退って、
何が、ありますかね。


桂文楽の 「もう一度、勉強し直して参ります」。
キャンディーズの 「普通の女の子に戻りたい」。
石原慎太郎衆議院議員の 「宦官(かんがん)」発言。
安倍晋三さんの 「小沢党首に会談を、断られまして」。


あいうえ、おっと。
こう見ますと、
いずれにも、
名言・迷ゼリフが、ございます。


ところで、
新銀行東京への 400億円の追加出資。
すごいこと 決めちゃいましたねぇ。
大阪だったら、暴動おこりますか?
ともかく、
400億円あったら、
落語のCD 2千万枚も、買えちゃいます。


いやいや、これまで高嶺の花で、
手が出せなかった
DVD全集も 買えちゃうぞ。
米朝、枝雀、小三治、そして、
全国の 朝さまファン待望の
古今亭志ん朝も!
おととい3月26日に、新発売されたばかりなのです。
→ 落語研究会 古今亭志ん朝 全集 上・古今亭 志ん朝 | Sony Music Shop・CD・DVD・ブルーレイ・アーティストグッズ・書籍・雑誌の通販



さて。
すがすがしい表情で
「お母ちゃんみたいに なりたいんや」とゆう
名か、迷かは 視聴者おのおのが評価するであろう
セリフを残し、
高座から去りゆく 若狭さんには、
昭和22年、
桂米朝さんが、
米団治さんに弟子入りした際、
師匠から、ゆわれた言葉を
はなむけに、贈りいたしましょう。


「芸人は、米一粒、釘一本もよう作らんくせに、酒が良えの悪いのと言うて、好きな芸をやって一生をおくるもんやさかいに、むさぼってはいかん。ねうちは世間が決めてくれる。ただ一生懸命に芸を磨く以外に、世間へのお返しの途はない。また、芸人になった以上、末路哀れは覚悟の前やで」 (『桂米朝 私の履歴書』より)